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蜜柑山の急斜面

日記です。

切手のデザイナー募集、続報

誰かやってくれると思ってたけど、やっぱりデイリーポータルZがやってくれてた!

portal.nifty.com

ここに出てる料理ミニチュアの切手、買ったよーー

食べよう

 

生産終了

response.jp

モンキーかわいくて、憧れだったなあ。一度モンキーオーナーになってみたかった。

メモ:

wedge.ismedia.jp

現在の国際法では、「武力不行使原則」が確立しています。

憲法9条は(中略)ぜひ国際法憲法13条と合わせて立体的に読んでほしい

 

イデア、または完成と未完成の間

これ http://toyokeizai.net/articles/-/164308?page=3 を読んで、ジャコメッティ展が始まるまでに『騎士団長殺し』を読もうと思った。蟹と歩いて海へ消えてしまった彼が、東京で展示されるジャコメッティの作品を見たら、なんて言っただろうか。

語るに落ちる

知人のライターさんで「語るに落ちた」というフレーズをちょいちょいまぶしてくる人がいる。相手を非難する局面で使われる。かつ、「こんなところに着眼するオレ、ちょっとかっこいい」みたいなニュアンスが含まれる(これはその人のキャラクターを知っていることからくる偏見かもしれませんが)。というわけで、なんとなくかっこつけた言葉として頭の中にインプットされているのだが、本質的な意味がいまひとつ肚落ちしていなかった。「論評するに足らないっていう意味かな?」ぐらいの薄ぼんやりした理解。なので自分では使えずにいた。

ところが、いましがた別の人の文章で、「このリード、やや語るに落ちている感があります。」という一文に遭遇。おっ。この「語るに落ちる」の使い方は、批判的なニュアンスはあるが、「かっこつけ」の感じがしない。「これから揚げ足とってやるぞ」みたいな感じがない。

辞書を引いてみると、「語るに落ちる」は「問うに落ちず語るに落ちる」の略だということがわかった。

問いつめられると用心してなかなか白状しないことも、自分勝手にしゃべらせると、人は案外白状してしまうものである。話やその他の表現の内に、隠している本心がつい出てしまう。(日本国語大辞典

何気なく話しているうちに、うっかり本当のことを言ってしまう。(三省堂大辞林

なるほど。これは便利な慣用句だ(慣用句っていうのはそもそも文章表現に利便性を付与するものだと思うが)。変に肩に力を入れずに、さらっと使えれば良さそうな気がする。積極的に使っていきたい。

マスキングテープ

そんなにコレクター気質ではないのですが、かわいいのがあるとつい買ってしまうものがいくつかあります。最近はマスキングテープ。徐々にコレクションが増えてきました。

で、今、ツイッターを見ていたらある人が「空想地図マスキングテープ」なるものを使っていた。グーグルマップのような地図がデザインされているテープで、しかもその町は架空なのだそうだ。なにこれ! かわいい! カチャカチャカチャ(検索)あったー! 売ってるー!

と思ってポチッとしようとして、我に返りまして。今まで、マスキングテープを通販で買ったことはありません。文房具屋さんでたまたまかわいいのを見つけたり、「土木展」を見に行ったときに展覧会グッズとして売ってたのを買ったり、セレクトショップの片隅で出合ったり。私とマスキングテープとの出合いは、常に運命だったのだ。そこに「検索」という人為的な営みを介入させては、私とマスキングテープの純粋性が損なわれるのではないか……!(←アホ

とまあそんなわけで、ネットでポチるのを思いとどまりましたよ、という話でした。