蜜柑山の急斜面

日記です。

オリンピックがやってくるらしい

二〇二〇年のオリンピック開催地が東京に決まった。深夜にYouTubeで中継されてた東京とマドリッドのプレゼンを見た(イスタンブールは見逃した)。そんなものを見るのははじめてなので、なんか新鮮だった。招致委員会の会長も、首相も、メダリストたちも、アメリカの代理店の人みたいな話し方やな。とか思って見てた。いや、アメリカの代理店の人がプレゼンするとこ見たことないけど。

大友克洋の『AKIRA』の舞台が、二〇一九年のネオ東京市の旧市街、二〇二〇年オリンピック開催予定地だってことは、朝になってからツイッターで流れてきて、そういえばそうだっけと思ったんだけど、プレゼン中継見ながら『気分はもう戦争』を読んでたのはおかしな偶然やなと思った。

正直、「福島第一原発の事故も収束してないし、今になって汚染水漏れが明らかになって、自分たちのことすらちゃんとできてないのに人に来てもらおうなんて、どうなんやろ。それより先にやるべきことがあるんじゃないか」と思ってたけど、よく考えたら、今回のコンペティターの近くでは戦争や動乱、深刻な不景気と治安の悪さがあって、それに比べたらまだ東京のがまし、ってことなんやろうか、と思った。言葉を選ばずに言えば、「戦争より放射能汚染のほうがまし」ってことだ。

念のために付け加えておきますと、わたしは二〇一一年夏に南相馬に何度か行ったし、立ち入り禁止区域の境界にも行ったし、川俣町や郡山にも二本松にも行ったし、八百屋で売られている福島県産の農産物は躊躇なく食べます。一方で、原発事故の収束作業が深刻な状況にあり、作業員さんたちの置かれている状況が非常によくない(劣悪と言ってもいい)ということも取材にあたっている人から聞いたことがあります。何が言いたいかというと、①東京と福島は遠くない、②福島県がさらされている問題(心ない悪口とかさ)と、事故を起こした原子力発電所が直面している深刻で重大な事態とは分けて考えている、ということです。

だから、世界が(っていうかIOCの人が?)なぜ東京を選んだか、ほんとのところを知りたい。投票したIOC委員一人ひとりに聞いて回りたいぐらいだ。「接待されたからさ」とか言われたらそれまでだけど。

そういえば二〇一六年はどこでやるんだっけ、と思って検索したらリオデジャネイロだった。前回の五輪招致活動の時は、心の底からどっちでもよかったし、落選したことに一ミリも落胆を感じなかったけど、さすがに今回は結果が気になったのはやっぱり東日本大震災福島第一原発事故が起きたからだと思うと非常に複雑な気持ちになる。

プレゼンの時、安倍首相は「フクシマは問題ない。コントロールされている。抜本的な解決策を実施している」と明言した。まじかよ、って思った。どこで? 誰が? そんな話聞いたことないぞと思ったけど、この世の中にわたしの知らないことなんて五万とあるのだから、首相が言うからにはどこかで誰かが計画して実施してるのかもしれない。っていうかそうであってほしい。

絶対やれよ。世界に向けて約束したんだからな。そのための協力は惜しまんつもりだ。