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蜜柑山の急斜面

日記です。

花子とアン

しばらく離脱していた「花子とアン」を見ながら、白蓮のジュリエットとかほとんど反則じゃん!とぶつぶつ言う土曜日の朝でございます。花子と白蓮が主役でドラマをやるからには、裏テーマは出版とジャーナリズムになるはずと期待しているのですが、今のところそんな感じはないですね……。脚本家の興味はそこにはないかなあ。ないだろうなあ。

柳原白蓮のことは前に簡単にだけど調べたことがあるのですが、華族とか伯爵とか姦通罪とか炭鉱王っていう単語がふつうに使われてた時代にああいう生き方をしたっていうこととは別に、自分は、いわゆる「事件」に新聞が果たした役割がおもしろいなあと思ったのだった。大阪朝日新聞が白蓮側、大阪毎日新聞が伊藤家側でスクープ合戦をしたということなのですが、そのために事件の嵩が増えた面もあるのではないか。当時の空気をちゃんと測ってないのでわからないのですが。研究したひととかいるのかな? 躍起になって手記を取りに行った記者さんたちは何を思っていたのか。

そう思うのは、最近よくニュース価値とニーズの関係というか、どうしたら高いところでその二つをバランスさせられるかということを考えるからです。一概に低いのがよくないというわけではなくて、「これ、おもしろいから伝えたいけど、なんか意味あんのか?!」ってことに自覚的でいたいっていうか。何を今さらと言われるようなことなんだと思うけど。でもそういうのを問い直すのは大事よね。

白蓮の出奔は新聞記事になるとしても、元アイドル夫婦の不倫釈明?会見とか別に公衆の面前でやんなくてもいいだろう。みたいな。

でも、少なくとも自分は、全国紙だろうがスポーツ紙だろうが週刊誌だろうが、とにかくジャーナリズムっていうのはゲスいもんだってことを3カ月に一度は思い出す機会を設けたい。

花子のことに戻ると、翻訳って絵になりづらいと思うんだけど、どう描くんだろうなと思っています。糸子がミシンを踏みすぎて立てなくなったぐらいの名シーンを作ってくれるといいのだけど!