蜜柑山の急斜面

日記です。

語るに落ちる

知人のライターさんで「語るに落ちた」というフレーズをちょいちょいまぶしてくる人がいる。相手を非難する局面で使われる。かつ、「こんなところに着眼するオレ、ちょっとかっこいい」みたいなニュアンスが含まれる(これはその人のキャラクターを知っていることからくる偏見かもしれませんが)。というわけで、なんとなくかっこつけた言葉として頭の中にインプットされているのだが、本質的な意味がいまひとつ肚落ちしていなかった。「論評するに足らないっていう意味かな?」ぐらいの薄ぼんやりした理解。なので自分では使えずにいた。

ところが、いましがた別の人の文章で、「このリード、やや語るに落ちている感があります。」という一文に遭遇。おっ。この「語るに落ちる」の使い方は、批判的なニュアンスはあるが、「かっこつけ」の感じがしない。「これから揚げ足とってやるぞ」みたいな感じがない。

辞書を引いてみると、「語るに落ちる」は「問うに落ちず語るに落ちる」の略だということがわかった。

問いつめられると用心してなかなか白状しないことも、自分勝手にしゃべらせると、人は案外白状してしまうものである。話やその他の表現の内に、隠している本心がつい出てしまう。(日本国語大辞典

何気なく話しているうちに、うっかり本当のことを言ってしまう。(三省堂大辞林

なるほど。これは便利な慣用句だ(慣用句っていうのはそもそも文章表現に利便性を付与するものだと思うが)。変に肩に力を入れずに、さらっと使えれば良さそうな気がする。積極的に使っていきたい。