蜜柑山の急斜面

日記です。

みねこ

昨日、5月2日は母、峰子の72回目の誕生日でした。おなじ「みね子」という名前の女の子が主人公の朝ドラ「ひよっこ」も、けっこう楽しみに見ているそうです。峰子さんはみね子より1つ上(推定)、同世代。ありふれた名前だったんですねー(失礼)。

奥茨城村(架空)の農家に生まれたみね子は、高校を卒業すると、行方がわからなくなってしまった父の代わりに家計を助けるべく、東京へ働きに出ます。トランジスタラジオを作る工場です。まわりには、高校に行きたかったけど行けなくて、中学を出てすぐに働きにきた女の子たちがたくさんいます。

名古屋市に生まれた峰子は、商業高校を出て、地元の地銀の一般職として働きます。奥茨城村のみね子や、福島や秋田の女の子たちよりは恵まれた環境と言えそうです。親元を離れる必要もありませんでした。それでも、わりと成績のよかったらしい峰子は大学に憧れがあったみたいで、長女である私にいい大学へ行って欲しいと思っていたみたいです。そうはっきりと言われたわけではないのですが、小さいときから英語の塾や勉強塾に通ったし、家には「東京六大学に入る方法」みたいな本が置いてあったりしました。そんな本があったなんて今思えばいじらしくて笑っちゃうような感じですが、それぐらい、上の学校への憧れがあったのだなあとしみじみ思います。私自身、父方のおばあちゃんに「女の子なのに大学(でゃあがく)いくんかね」と言われたことが忘れられません。なんかこう、ちょっと気持ちがチリッとする感じがしたんだよね。時代ではあるんだけど(峰子やみね子たちの苦労を知らない娘が、「大学行かせてくれてありがとう。娘を東京の大学へ出してくれたあんたたちはほんとすごいよ」と思えるようになったのは、大学を卒業してしばらくたってからなのですが)。

東京と地方の関係は変わりつつあるようにも思えるし、根本的なところで変わらないようにも思える。昭和20年代に生まれて、日本の戦後を生きてきたみねこちゃんたちには、今の日本がどう見えているのだろうか。