蜜柑山の急斜面

日記です。

セクハラ議論について考えを整理

メモ:

MeTooムーブメントをきっかけにセクハラについての議論が盛んですが。セクハラ=女性であれ男性であれその人の尊厳を傷付ける行為はよくないということは自明であり、それさえ押さえていれば、あとは個別具体的に考えるしかない。
一方、メディアが何をすべきかを考えたときに、ふたつの方向性。
①当事者の証言がとれるのであれば、個別具体的な事象を出来事として報じる。その際、性暴力などの刑法犯なのか、いわゆる職場におけるセクハラ(労働問題としての女性差別)なのか、論点を明確にする
MeToo“ムーブメント”とはよく言ったもので、声を上げた人が不利益を被らないような社会的なムードをつくっていく、その雰囲気づくりのための論考やオピニオンを発信する
他者の尊厳を傷つけることはよくないことだが、わざとにしろ無意識にしろ他者の尊厳を傷つけてくるやつらはいるので、「こいつ、わたしの尊厳を傷つけようとしてる」と思ったら多かれ少なかれ闘わなくてはならない。自分の尊厳は自分で守る気概も必要。でもたったひとりで闘わせないためにMeTooムーブメントはある。MeTooムーブメント(セクハラの告発)がまがりなりにも日本で起きたことで、セクハラについて考えるようになり、友人や同僚が傷つけられたときに一緒に闘える自分であるかを顧みるきっかけになったのは自分にとってよいことであった。これは性的な嫌がらせに限らず、パワハラでも民族的な差別でもそうだ。